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娘を見送った日のこと

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ガーデニング好きなフラワーセラピストです。 自分の状態を整えること、自分の中の違和感に気付くこと、自分らしく楽に生きること、を楽しんでやっています♫

完全に個人の日記です(^_^;)
私の家族は、夫と中3と小6の娘が2人います。
長女がとある芸能事務所のオーディションに合格したため、2月16日から東京にある事務所の寮に
入ってしまいました。
合格が決まって寮に入ることが決まってから1ヶ月、寂しい気持ちに完全にフタをしていました。
送り出す当日は全員で車で東京へ行きましたが、そこでのお別れも入寮の準備でバタバタしていて
寂しい気持ちを横に置いておくことができた気がする。
というか、もう寂しい気持ちは見て見ぬふりだったな~。

そこからの2週間は、私も娘も試練の日々。
初めてこんなにも離れて暮らすので、心配が尽きない。
娘は生活リズムの崩れからいつもの偏頭痛が治らない。
非常に体調も悪いしメンタルも落ちていたことを、寮に入って10日後くらいに娘が私との電話で
打ち明けてくれた。
何気ない会話の電話の最中に、泣きながら話してくれた娘。
辛いことがあったことを、泣きながら話してくれて良かった。
吐き出すことができて、良かった。
寮に居るお姉さん達に具合悪いところを見せたり、大泣きしたりして素直な自分を少しでも出せて
良かった。
もう、私は生活を見ることができないから、自分で何とかしてくれることを信じるしかない。
わかってるんだけど、心配が尽きない。

入寮して2週間後くらいに、同じ年の子が入ってきた。
意気投合して毎日一緒に過ごしたらしい。
一緒に過ごしすぎたのか、1ヶ月後くらいにまた娘が悩み出して眠れない日々が続いていた。
眠れないことは話してくれていたけれど、理由までは話してくれなくなり聞いても素っ気ない。
しかししばらくすると、ポツポツと話してくれた。
どうやら、一緒にいすぎたようでお互いに負担になりつつあったみたい。
なのでお互いに話し合って少し距離を置き、遊ぶときは遊ぼうと話をしたようです。
これは、娘にとっては良かったと思う。
なぜならば、地元の中学校にいたらこんなやり取りはしなかったんじゃないかな。
人とがっちり向き合わざるを得ない環境だからこそ、気まずいことも話し合って決めていく。
相手にムカついたことがあっても、同じ部屋だから顔も合わせる。
1人になる空間なんてベッドくらいの寮生活だから、嫌でもなんでも一緒に暮らす環境。
ほとんど、家族みたいになっているんじゃないかな。

人と深く付き合うことを苦手としていた娘だからこその、試練の日々だったんだと思う。
自分をさらけ出さないと疲れてしまう環境だから、良いも悪いも受け入れているみたい。

つらつらと書き進めたけれども、私は全力で寂しい(;>_<;)
何がこんなに寂しいのか、何をそんなに囚われているのか、自分でもよくわからない。
ふとした瞬間に涙が出る。
あ~~わたしは泣きたかったんだなと思う。
とにかく娘に会いたい。
顔を見たいし、離れている環境が寂しい。
こんなにも娘に依存していたのかと、自分でも呆れるくらいの寂しさっぷり。
たぶん、依存していたんだろうな~。
娘のお世話をすることで、自分の存在を確かめていたんだと思う。
必要とされることで、母親として「居ていいんだ」と思えていたんだと思う。

「なんにもなくても立派な母親だよ」
と言われた時に涙が出そうだった。でも泣けなかった。泣いたらこの状況に耐えられなく
なっちゃうから、頑張ろうって思った。
でもそんなこと続けていても、寂しい気持ちもしんどい気持ちも、どこにもいかないことも
わかってる。
自分がクリアになる方法も、わかってる。
自分と向き合っていけば楽になることも、知ってる。
でも、でも、できないんだよね。
子供から離れて、自分の楽しい時間を作ろうってわかってるんだけど、わかってるんだけど。

きっと、全力で悲しんでいないからなんだと、思った。
帰省して再び東京へ戻るとき、新幹線の改札口で笑顔で見送った。
娘が見えなくなるとその瞬間に泣いた。
笑顔で見送らなきゃ、娘が行きにくくなってしまうって、勝手に思い込んでた。
後日、娘とラインで喧嘩になったとき、私は寂しい気持ちを娘に全部ぶつけた。
その時に泣きながら娘から電話がかかってきて、この新幹線での話をしたら、娘も駅のホームで
泣いたことを打ち明けてくれた。
駅のホームまで行ったら絶対に泣くと思って行けなかったけど、次は絶対にホームまで見送ること
にしようって思う気持ちと、やっぱりしんどいなって気持ちが残る。

自分で自分の状態を整えることって、「自分と向き合う」ことだということも、知識としてはあって。
それでもできないときは、感情を全部出せばいいんじゃないかな。
できないものは、できない。
とにかく感情と向き合って、その感情を一旦外に出さないことにはどうにもなんない。
自分の中でモヤモヤして抱えていたところで、次にどうしたらいいのか出てこない。
だから、一旦全部出してみる。
泣いて泣いて泣きまくった。
悲しんだら余計につらいんじゃないかと怖かったけど、しんどいものを抱えているよりマシな気もした。
まだまだ泣けるし寂しいけれど、娘を信じるとか任せるとかもう一旦置いといて。
今は私の寂しさを吐き出そう。
そして、ちょっと無理してでも娘に会いたいなら会いたいと伝えよう。
そこから決めるのは娘であって、それを任せればいいのかもしれない。

簡単に会ったりお金を用意したりすることが、甘えさせている気にもなってた。
ハングリーな生活だからこそ、自分のやりたいことに没頭できるんじゃないかとも考えた。
しかし、それはそれで、娘の考えることであって私の思うことではないんだな。
私は、私の寂しさと向き合うんだった。
寂しい気持ちは、もしかすると別のところにあったのかもしれない。
娘が私と会うのか会わないのかは、「自分で決めること」と思い始めたら私の気持ちも楽になった。
となるともしかすると私は「娘が会いたがっているから」と考えていたのか!?
うーん、どうなんだろう(^_^;)

でも、少し気持ちが楽になった。
もしかすると私は、娘が私を必要としている、と思い込みたかったのかな。
今日はそれ以上深く考えないことにした。
また後日、ひとつひとつ思い返したいなって思う。

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